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2006年6月11日 (日)

老鼠愛大米NO.54

      

「先生!」

劉の手が直美を引っ張る。直美はしっかりと劉の手をつかんでいる。

阿蘇の河口付近、下は深い谷だ。

  「先生。俺…。」

その時、麗麗の歌う声が聞こえてきた。麗麗は劉の後方、阿蘇の火口に向かって立っている。

  我爱你想着你、就想老鼠爱大米……

麗麗が歌う。劉はその声に引きつけられるように後ろを振り向いた。

  「あっ。」

劉が直美の手を離した。

直美が落ちていく。深い暗い谷。

  「劉君!あなたに言うことがあるのよーっ。」

声を張り上げて叫ぼうとするが、なぜか声にならない。

吸い込まれるように落ちていく。深い谷。いやそこは劉の黒い瞳の中の底知れね淵のようでもあった。

 ハッと目が覚めた。

背中にべっとりと汗をかいていた。まだ劉に握られた手の感触がそのままに残っていると言うのに…。

…ここは? ああ、病院か…。

 あれから、何度も同じ夢を見る。劉に手を引かれ、麗麗の歌声が聞こえ、同じように暗い淵に落ちていく。そして、目が覚める。

  …ここは? ああ、病院か…。

 

 趙が劉の知らせを持って職員室に来た日。直美は趙の腕の中で気を失った。そのまま病院に運ばれた。息ができないような苦しさに見舞われて、集中治療室に運ばれた。「無呼吸症候群」、ストレスが原因だった。

しばらくして症状が治まり、一般病棟に移されたが、直美のストレスが和らいだわけではなかった。あまりのショックからか、声を出すことができなくなったのだ。

 今日で4週間目。同じ夢を見てびっしょり汗をかき、目が覚める。

だれが来ても、だれが話しかけても、どうしても声がでない。

 直美が入院している間に、劉の葬式が執り行われた。劉の両親が中国から駆けつけるまでまる1週間かかった。何かあったからといってすぐにビザが出る国ではない。劉の日本での保証人が、あちこち奔走してやっとのことで両親を日本へ呼ぶことができた。

 その間、劉の遺体は葬儀屋の特別の計らいで、葬儀会場の冷蔵庫の中に安置された。

 葬式は日本語学校、劉の友だちや保証人、みんなの協力で行われた。

直美はその経過を一部始終知っていた。趙が病院に来てはその事を、報告して帰るからだった。

直美は趙が来ても、目を開けなかった。死んだように無表情で、じっとベッドに体を横たえたまま身動き一つしなかった。ただ趙には直美が起きていること、趙の話を聞いていることがよくわかっていた。趙が劉の話をする度に、直美の目の端にうっすらと涙がにじんだ。

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