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2006年6月 4日 (日)

老鼠愛大米NO.52

● 絶望

月曜日。新しいことが始まるといつも緊張する斉藤はこういう

とき、特に早く出勤することにしている。今日も相当早い時間に学校に着いた。久しぶりの緊張感にちょっといい気分になって、颯爽と職員室に入って行った。

  「主任!」

佐伯が珍しく一番に学校に来ている。斉藤を見ると、待ちかねたように椅子から立ち上がった。

  「あら、佐伯さん、どうしたの。珍しいわねぇ。こんなに朝早く。」

  「あの、主任、相談があります。李麗麗さんが強制送還されたの

をご存知ですか。」

佐伯は妙に落ち着きがない。

  「知ってるけど、それが?」

  「あの、金曜日に5組の王華さんから電話で、『李さんが強制送還になって、アルバイト先のお金ももらってないし、困っているから助けてやってほしい』って頼まれて、わたし、お金を貸したんです。」

  「えっ、あなた。」

「あなた」とつい言ってしまって、斉藤は「しまった」っと思った。しかし佐伯は自分の話に夢中で、そんなことに気がつきもしないよう

だった。

  「で、いくら貸したの?」

  「20万円です。」

  「えーっ、20万円!」

  「ええ、ボーナスを貯金していたし、王華さんのおばさんから

   返してもらうからって言うもんで。」

  「じゃぁ、良かったじゃない。それなら。」

斉藤はもうそのことに触れたくなかった。早いとこその場を退散したい気分になっていた。

  「それが、そうもいかないんです。実はわたし、お金を王華さん

に預けた後、心配になって王華さんのおばさんの店に電話をか

けたんです。」

日曜日なので店にはだれもいないかもしれない、と思いながら佐伯は調べておいた電話番号を押してみた。すると意外にも王華のおばさんが電話口に出た。えらく眠そうな声だった。おそらく前の晩からその店に泊まっていたのだろう。事情を話すとおばさんは不機嫌そうな声で、

「あのー、王華は私の姪っ子ではありません。」

と言う。

  「ええっ。だって王華さんがおばさん、おばさんって言う

ものだから。」

佐伯は自分が貸した20万円のことを思って、大いに不安にたってきた。

  「第一わたしは中国人じゃありません。親戚が中国人と国際結婚

でもしてるならそうかもしれないけど。今んところ、そんな人

はいないし…。」

  「なら、李麗麗さんがお宅で働いていたっということじゃないん

ですね。」

  「それは働いていてましたよ。だから強制送還されたんじゃない

の。うちだって被害者なのよ。それなのに王華が来て、李さん

の給料をすぐに払ってほしい、李さんの帰国に間に合わない、

というから、給料日前なのにあわてて李さんの分だけ支払った

んだから。」

  「えーっ、もう給料支払ったんですかーぁ!」

佐伯は仰天した。

  …だったらわたしの20万円、だれが返してくれるの?

  「もしもし…。」

今度は向こうから話しかけてくる。

  「あなた、もしかして王華にお金貸したんじゃないでしょうねぇ。」

  「えっ?そんなこと…。」

佐伯はつい否定してしまった。王華にだまされたことを見ず知らずの他人に正直に言う気にはなれなかった。

  …それこそ、笑い者だ。

  「なら、いいけど。あの子ね、あんたの学校に坊っちゃん、坊っ

ちゃんした中国人がいるでしょ?あの子といっしょにルーレッ

ト賭博やったらしいのね。最初はよかったらしいけど、ほら

あんなのって、やくざが絡んでるわけだから、最後には借金し

ちゃって、王華の方は『体で返してもらうからなぁ!』って脅

されてたらしいのよねぇ。」

耳の奥で店のママの声がだんだん小さくなっていくような感覚に襲われた。

  …ショック、ショック!ショックーッ!

   だまされた、だまされた。だまされたんだーぁ…。

斉藤は佐伯の話を聞いて思った。

  …もう、佐伯の20万はかえってこないだろう。店のママは本当

に王華のおばさんじゃないのだろうか?それだって怪しい。少

なくとも夫からもらったあの茶封筒だけは李麗麗に渡っていて

ほしい。

あの日、一つ傘に入って帰る、王華と張岩の姿が目に浮かんだ。

  …あの10万だけは李さんに渡したんじゃないだろうか。

斉藤はそれだけは信じてやろうと思う。

  …そうでなければあまりにもむなしい。

「自分が…」なのか、「王華が…」なのか、斉藤にはわからなかった。

 

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