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2006年5月28日 (日)

老鼠愛大米NO.49

空港

 

 劉は福岡空港の国際ターミナルに降り立った。

  …久しぶりの福岡だ。

夏休みが始まる直前に故郷の母から電話が入った。「父方の祖父が肝臓ガンだ。もうそう長くない。今度の夏休み顔を見せに帰ってきてくれないか」ということだった。

夏休みはたくさんアルバイトをして、来年大学に行く費用の足しにしたいと考えていた。しかし大事な祖父が病気とあれば、そんなことも言ってはおられない。

 祖父は小さいころから劉をかわいがってくれた。「日本へ行きたい」と劉が言い出したとき、祖父が真っ先に反対した。祖父には戦争中のつらい思い出がたくさんあるのだ。それでも劉の留学の手続きが済んだ後は、あっさりと自分の意見を引っ込めた。そして、劉が日本へ行くと決まった日から毎日、自ら劉に餃子の作り方を教えた。

 

ボールに小麦粉を入れる。小麦粉の真ん中に水を少しずつ加えながら、一つにまとめてからこね始める。力を入れてこねる。このこね方が足りないと伸ばすときに薄く伸びない。こねる時間、力加減は勘が頼りだ。こねた後1時間ほど寝かしてから、今度は粉を棒状にし、その棒状にしたものを左手に持ち、右手の親指と人差し指、中指を使って一口大にちぎっていく。ちぎったものをもう一度小さなボール状にまとめて、いよいよ伸ばす作業に取り掛かる。

 これからが更に熟練を要する仕事だ。劉は祖父の横に立って祖父が丸いボールから平たい円状の皮に仕上げていく様を観察する。

粉をふった台の上にさっきの小麦粉のボールをのせ、上から押しつぶすと直径3cmほどの平たい円状になる。これを左手の親指と人差し指で挟んで台の上で少しずつ回転させながら、右手に持った麺棒で伸ばしていく。右手の麺棒は上下にのみ動かす。

 祖父は台の上に置いた50個ほどのボールをあっという間に薄い円状の皮に伸ばしてしまった。どの皮もほとんどくるいのない円状でしかも同じ大きさにそろっていた。

「日本へ行ったら、みんなにかわいがってもらいなさい。

そしてお世話になった日本人に本場の餃子を作って喜んで

もらいなさい。」

劉は祖父の教えを守った。日本語学校で劉ほどうまく餃子の皮を伸ばすことができるものは他にいない。

  …早く帰ってやらなければ。爷爷(おじいさん)が待っている。

 直美は劉が帰国するときに「空港まで送って行きたい」と思った。

しかし、空港には帰国しようとする学生がたくさん集まる。もし劉といっしょにいるところを見られたら大変だ。それに、居酒屋「よらんね」で斉藤にたしなめられたこともあった。結局見送りを断念した。

 空港から劉が電話をかけてきた。

 「先生、今から国へ帰ります。また日本に戻ってきたとき、先生に話したいことがあります。」

 「そう…。私もあなたに話したいことがあるの。じゃぁ、おじいさんのこと大事にしてね。」

 「はい。ありがとうございます。」

 「祝你一路平安。(道中気をつけて)」

直美は劉に中国語で別れを言った。

  …先生の声を中国語で聞くともっと優しい。

心に染み入るような声だった。

「カランコロンコロン…」

背中のナップサックの中で博多人形の工房でもらった土鈴が小さく

鳴った。

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