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2006年4月 3日 (月)

老鼠愛大米 NO.10

● アルバイト

 「312号室空きました。劉君、清掃よろしく!」

体は針金のように細いのになぜか声だけバリトンのような金田の声がインターフォンから呼びかけてくる。劉は吸いかけのタバコを半分ちぎって灰皿の横に置いた。「はい、はいっと…。」事務所を出ると、脇にあるエレベーターの上行きのボタンを押す。右側が従業員専用、左側が客専用だ。時々、客が間違って従業員用のエレベーターに乗ってくることがある。

「万が一客と鉢合わせになっても、絶対に目を合わせてはだめだよ。話しかけたりしたら即刻首だからね。」

アルバイトとして採用されたその日に金田から言われた。金田はかなりしつこい正確なようで、同じことを3回も繰り返した。

「まー、劉君は中国人だから、こんなところに来る客に知り合いはいないだろうけど。以前いた川上ってやつには参ったよ。仕事の合間には客や女のうわさをして、あげくの果てには、客の中にあいつの友達の親父がいて、ほら、わかるかなぁ、『不倫』って言葉。まぁ、友だちの親父が女の子を連れてこのホテルに入っちゃったんだ。それを、川上が友達にばらしちゃったもんだから、その友だちの家はもめにもめたそうで、結局は、川上が言わなければこんな騒動にならなかったんだって、親父が怒鳴り込んできて。

 お前が不倫するからいかんのだろう!と言いたいところだけど、こっちは客商売だろ。支配人は頭の下げ通し。川上を辞めさせて一件落着。で、劉君を雇ったってことなんだけどね。」

あれからもう3ヶ月だ。ホテルのアルバイトは鄭たちがしているような、仕出し屋や店の皿洗い、スーパーの裏方などに比べたら、1時間1000円と、結構額が高い。このホテルがある一帯は街中といっても、飲食店や、飲み屋が狭い路地のあちこちにあり、ホテルも泊り客はほとんどなく、いわゆる「休憩」に利用する客ばかりだから、昼もけっこう早いうちから利用客が多い。たいていの客は2時間そこらで帰って行き、新しい客がまた来るといった具合なので、一つの部屋が一日に何度も利用されることになる。劉たちは一旦客が帰ると、すぐにその部屋に直行して、次の客に気持ちよく使ってもらうために清掃する。

赤い毛の長いじゅうたんに掃除機をかけ、部屋の広さとはアンバランスに大きい鏡にガラス磨き用の洗剤を吹きつけ、さっとぬぐう。あまり上品な趣味とはいえない金の縁取りのテーブルに置かれた飲みかけの缶ビールや、灰皿の吸殻、そこら中に散らばった「柿の種」を広い集めゴミ箱に捨てる。

…なんで日本人はビールを飲むとき必ず「ピーナツ入り柿の種」というおかきを食べるのだろうか。時にはベッドや枕の下にも落ちていることがある。

金田と飲んだとき、そのことを話題にすると、金田はテーブルの上の「柿の種」を高々と空中に投げ上げ、落ちてくるところへ口を持っていくと、「パクッ!」見事に食べて見せた。

「そりゃぁ、決まっとろーもん。」

金田は親しい人にだけ博多弁で話す。劉にも最近、博多弁で話しかけてくるようになった。

…つまり、金田さんは俺を親しい仲間の一人と認めてくれたんだ。

劉はちょっとうれしい気分になっている。

「ベッドで何時間も『あれ』だけやってるって奴はそげんおらん(そんなにいない)ってことやろ?そしたら、余った時間の暇つぶしか、まぁ、ちょっとした余興ってとこ。どっちにしてもなんとか女を喜ばせたいってこったい。」

金田はもう一度今度はピーナツを放り投げて、またもやうまく口でキャッチした。

 「金田先輩もベッドでそんなことして見せるんすか?」

劉がまじめな顔で聞く。

 「バカヤロー、そげんこと(そんなこと)言えるはずなかろうもんて!」

金田はニヤニヤしながら、劉の背中を「どん」と叩いた。

 劉は金田が女の横で柿の種を放り投げて遊んでいるところを想像する。

…先輩はしてないよなぁ。してたらかっこ悪すぎる…。

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コメント

リアリティありすぎ!
管理人さん、おつかれさまです。老鼠愛大米~♪を歌いながら読んでます。愛読者です。
私も日本語教師なので、この物語はリアリティがありすぎて
更新されるのが楽しみです。
一人ひとりの顔が浮かんでくるぐらいのリアルさ・・
いろんな人に読んでもらいたいなぁ~。
大変だと思いますが、ぜひ今後とも続けてくださいませ。

投稿: なみみ | 2006年4月 4日 (火) 13時00分

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